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プレゼントをもらったらどうするべきか

ずかちゃんに教えてもらったことは、本当にたくさんあるのですが、この長文を最後にして、4月前に、ぼくはブログを閉じようと思います。

 

正直、フラれたのも苦しいし、こういうツールがあると、ずかちゃんへのおもひに耽溺してしまって、仕事が全く進まないのだ。

 

 

 

命題:プレゼントをもらったら、どうするべきか?

 

回答:「ありがとう!」

最低限の礼儀。

・モノは欲しくない。ゴミが溜まるだけ。(僕の家はコップが1個、冷蔵庫もない)

・食べ物は好き嫌いはないが、ぶっちゃけ腹に貯まれば(一人で食べる分には)何でもいい

・お酒は飲めない

・金のかかる趣味は無い。ネットと本くらい。

 つまり、プレゼントをもらっても、邪魔になる。

くれるのは嬉しいけれど、きちんと謝意を示す以上には、心から喜べることはほとんどない。強いて言えばお金?ボーナスとか超嬉しい。「金は鋳造された自由である。」とドストエフスキーは書いている。

 

 

以上は、ずかちゃんに会う前のぼくだ。

「ありがとう」の後に、本心で喜べないことに関する膨大な言い訳と、面倒くさい引用がつく。

 

 

カノジョとも価値観は共有している。例えば、ぼくがカノジョにマカロンを贈ると、食べた後、「結局、チョコパイのほうが美味いよね、値段対コスト最高」と言う。間違ってない。二人で増幅しあってたんだねぇ。今ならわかるけれど、チョコパイを理由にマカロンを非難する理由はどこにもないのだ。落ち着いた本音は、ぼくを和ませるけどね。

 

 

 

zuka-回答: 

1.贈り物をくれた気持ちそのものが嬉しいことを表明する

2.まず、プレゼントを使っているところを見せる

3.プレゼントを大切にしていることを表明する

4.そして、「そうすることで、わたしも幸せ」と表現する。

 

 

具体例:

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クリスマスの時に、ずかちゃんに紅茶のティーパックをあげた。

 

「くれるんですか?嬉しい。なんで私がxxが一番好きって知っているんですか?さっそく、使わせてもらいますね!」

 

と、いきなり開けて、とても嬉しそうに飲んでいた。紅茶を飲んでいる彼女とすれ違うと、コップを指さして、笑顔でこっちを見ていた。

 

数か月後に、職場でケーキがふるまわれたとき、ずかちゃんは家にケーキを持ち帰った。

 

「この間いただいた紅茶と一緒にケーキ食べましたよ。最後の紅茶でしたけど、ケーキと一緒に楽しめました。幸せでした!」

 

って言ってくれた。数か月越しのフィードバックにびっくりした。

 

 「忘年会の時に、外出てすぐにカイロをくれたのが嬉しくて、あのカイロ、おうちに記念に取ってあるんですよ。」

 

「職場用の暖かい室内履き、もこもこで幸せすぎて、友達に写真を送って自慢しました。」

 

「わたしは気がつきましたよ。大嫌いな虫の死骸が見えないように隠してくれていますね?」 

 

「大好きな妖精さんが、デスクを整えてくれるから、毎日暖かいです。」

 

 「いただいたチョコレート、食べるのがもったいなくて、おうちに飾りました。しばらく飾って眺めてます。」

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 効果:

ずかちゃんをおもんぱかってしたこと、ちょっとしたことにすら、気がついてくれて、そして喜んでくれて。とても嬉しかった。ぼくの人生は肯定されていると感じた。ずかちゃん本人が喜んでくれていると心から思えて、本当に幸せだった。

 

 

内部関数の評価:

ずかちゃんは、それなりに気に入った相手には、分け隔てなくこういう態度なんだろう。

 

 

比較対象とその改変:

ぼく自身は、カノジョにすらこういう態度はとれていない。

 

素直に、

 

「好きな人に対する、人を幸せにするプレゼントのもらい方」

 

を学んだ。

試しに、ずかちゃんやカノジョから何かもらうことがあったら、同じようなやり方で返した。驚くべきことに、ぼく自身がとても嬉しくなった。

 

”自分のために、プレゼントを考えてくれたこと自体が嬉しい。その嬉しさを表現すると、自分自身が嬉しい。”

 

こんな簡単なことですが、忘れる。「有難迷惑」ばかり増え、30歳を超えて、あとは死ぬまで働けば人生は完結すると思っていたが、大切な人にプレゼントを贈り贈られる楽しさを思い出した。子供ができた友人に、花を贈ったりしたくなった。

もちろん、この「プレゼントのもらい方」に関しては、全員に適用しようとしたら大変で、さすがに疲れるけれど、大切な人に、迷惑にならない形でなら、やってもいいかと思う。何より、自分自身の幸せのために。

 

 

ずかちゃんに関する雑感: 

美人だし、その天性のハピネス力ゆえに、多くの人に思わせぶりだったとしても、それは仕方がないことだと思う。「思わせぶりな態度をとるな」と怒る練習をしてみたが、空しいだけだった。

 

自分以外の男性に、上みたいな態度とるのは、ぼくが旦那さんだったら耐えられないと思うけれど、ライフパートナーに対して、きちんと誠実さをもっている時点で、十分じゃないだろうか。

 

ひょっとすると、ぼくの世界が小さすぎて、「女の子」はみんなこんなものなのかもしれない。

世界は広いなぁ。。

 

 

ぼくはいま、自分の大切な人たちと、幸福な出来事をたくさん楽しめる、やさしい世界に住んでいる。できるだけ維持できればいいと思う。その世界に、ずかちゃんがずっといてほしいけれど、過ぎた願いだし、最近はブログの趣旨も変わっちゃっているので、そろそろ仕事に没入したいと思います。

 

 

やっぱ、もう少しだけでいいから、ずかちゃんの「砂金を掬うかのようなハピネス力」を近くで見ていたいなぁ。ずかちゃんの愛情が自分に向けたものではないと、強烈に嫉妬する。ずかちゃんの人生の中心には、ぼくは存在していない。ぼくがいるのに旦那様をノータイムで選択する瞬間があるのが、心からしんどい。ぼくと一緒にいたいから、と人生を曲げてくれる人に出会ったことがないのかもしれないなぁ。極めて欲が深い。あぁくるしい。

 

 

くるしさを経てもなお、尊いものを見ている気分が消えないのである。

 

 

陳腐化された表現だが、このタイミングで、ぼくに出会ってくれた。という、最高のプレゼントを、ずかちゃんからはもらった。プレゼントを受け取ったら、どのようにして返すか、ずかちゃんほど上手にできる自信もありませんが、相手がずかちゃんならば、きっと大丈夫だと思う。

 

 

 

改訂版の回答: 

1.このタイミングに、ぼくの前にあらわれてくれてありがとう。勇気を出して、ぼくの職場に応募してくれて、とても嬉しい。

2.きみとの仕事によって、たくさんの成果が出て、なにより、ぼく自身の視野が本当に広がりました。幸せを感じる瞬間が大幅に増えました。

3.きみという存在は、ぼくの自慢です。親友たちや、カノジョにだって、何度も素晴らしさを語っています。何よりも大切にしたい仲間です。

4.きみといれて、ぼくは幸せです。できれば、ずっと一緒にいてください。

 

 

愛情表現だと、何も苦労なくzuka-回答が可能だった。

裏返して考えると、zukaちゃんは、きっと、ぼくの世界を愛してくれた瞬間があって、誰にだってそうするだとしても、それはたまらなく尊いし、幸せな出来事だと思う。

 

 

結論:

人を好きになるのは、

たのしくて、くるしくて、尊い

 

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いやー、恥ずかしいブログを書き記したもんですね。