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ささやかな自分の幸せを見失わないための犠牲

普段は日記に書いているような内容を、公開する愚かさを考えると、 ここいらでproject-zukaはいったん幕引きにしようかなと思います。

 

 

さて、バレンタインデーですね。

ぼくは、いつも通りあの子からチョコレートをもらうことはありません。

それは、普通のことだと思っていたのです。けれども、付き合って1年目のバレンタインデーは、確かにあの子はチョコレートをくれたのを思い出しました。懐かしい。ひとつひとつ「常識的」なイベントをしなくなった歴史がありますね。

 

1.「やらせてくれない女の子と付き合い続けることは(自分なら)できない」

2.「遠方からはるばる来たのに、彼氏を置いてけぼりにしてスポーツジムにいっちゃう彼女は、かなり変わっている」

3.「ここ数年チョコレートもらってないの?彼氏はチョコレート嫌いとかじゃなくて、もらったら彼氏は無条件に喜ぶのに?」

 

ちょっと前のぼくは、こういう指摘には、きっと笑っていただろうと思います。

ぼくは、ぼくなりに幸せなのだから。二人はゆるがない。

 

 

けれども最近は、上のようなセリフを近しいひとからもらうと、心が乱れるようになってしまいました。ずかちゃんや、intimate relationをうまく築いている親しい人としゃべっていて、さりげなくあーいうことを言われると、「なぜ、あの子はぼくを苦しめるのだろう?」という、逆恨みもいいところな疑問がもたげてしまいます。

 

別に僕はもともと、「結婚や飲み会や子供とかバレンタインとか全部茶番だって思っている人間」だったのに、ずかちゃんに恋に落ちたせいで、いろいろキャラ設定に無理が生じてきました。

 

 

 

人生のなかで絶妙なタイミングで、ずかちゃんに出会ってしまいました。

 

 

これは、なんの幸福でしょう。

ずかちゃんは、素晴らしかったです。

僕のすべての卑屈をポジティブな言葉で返してくれたし、ぼくが今まで積み重ねて勝ち取り、「あの子にこそ褒めてほしい」ことを、本当に言葉を尽くして褒めてくれました。態度にも出してくれました。

 

ずかちゃんは気立て?、あるいは育ちが良すぎて、前向きな言葉を使うのが上手なだけだって、今なら思えます。息を吸うように、誰にだって前向きな言葉を話す。ですが、今のぼくは、そういう太陽のような性質の持ち主を独り占めにしたいと思い、旦那さんやら近くの学生やらに嫉妬を覚えているのです。あぁ恥ずかしい。

 

 

ずかちゃんによる僕の肯定や、いろいろな人とのお話しは、僕がMK(マジ恋)になる前ですら、自分の置かれている状況を「客観的」にさせました。

 

 

この春に、結婚の申し出を断られ、それでも関係を断たずに生きていこうと言われたときに、この「客観性」をもって、

「彼女は、ぼくの本当に本気の、お金もこれまでの業績も、人間関係もフルに使った(何度目か分からん)プロポーズを、尊重してくれなかった。」と自覚しました。

 

秋には、今いる環境を投げ捨てて、引っ越して一緒にいる選択肢を取れたのだけれど、敢えてその選択肢を取らずにうじうじしてました。

 

 

友人二人と、ずかちゃんのおかげで、いまは、

「彼女は、本当は僕と一緒にいたい。でも、僕にやりたいことを追求してほしくて、僕の人生に大きな肯定があるからこそ、懸命に、引っ越ししなかった僕を責めずにいる。」と落ち着いて理解できています。

 

僕がプロポーズのふりして、彼女に振りかざしたものは、僕の独善的な「成果」であって、たぶん本当の気持ちではなかったと、彼女に見抜かれただけなのです。

 

 

二人で住むはずだった部屋がやたらと広く、

貧弱な空調でなかなか温まらず、凍えそうになりながら、

今日は本命からもらえるので良かったですね とかいう声が頭に反響し、

自分のささやかな幸せを見失わないための犠牲が必要だと感じます。

 

 

 

 

彼女も、ずかちゃんも、そして僕の身近な人たちも、僕が幸せになることを望んている。

僕は、こんなにも人生を肯定してくれる人たちに囲まれている。

それでも不幸のどん底のような顔をしているとしたら、僕は錯覚不幸に陥っている。

 

 

 

 

 

犠牲となるべきは、不埒な僕の恋心でしょう。冷静に言って。

 

 

 

 

 僕は昔、ある方向へのハピネス力が、とても高かったようです。

そしてそれが、彼女を紛れもなく救ったと今なら自信をもてます。

 

 

 

最初の指摘に、微かに生き残る、昔の幸せな僕が回答しよう。

1.ぼくは、あの子が嫌がっているのにムリヤリ求めることはできない(といっても、さすがに男性なので、求め続けるわけですが、そんなときにはオナニーだ!)。

2.彼女がスポーツジムに行き、その間にぼくは仕事をしている。お互いの時間を尊重し合って得られる二人の満足感は、代替不可能な幸福だ。

3.高いチョコレートを嫌がって買ってもらったり、面倒なのに嫌々作ってもらったりするよりはずっと、心穏やかに、二人でチョコパイでも食べていたほうがたのしい。

 

 

ほら、なんの問題もないでしょう。

 

 

ぼくらは幸せなのですし、ぼくはあの子は大好きなのです。