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飲み会的なものをしてみた

結局のところ、ぼくにとって"他人と話す"ということは「お題を設定し、暫定解を出す」ということに近い。コミュニケーションとは共感ではなくて、課題の解決だ。

 

"コミュニケーション"は

1. 自分が持っている課題を話し、その解決に他人を巻き込む。

2. 他人が持っている課題を話してもらい、その解決に貢献する。

の二種類に分類される。2. ばっかりで、ぼくの話になるとスルーされると「ああ、こいつは人の話を聞かないやつだ」とか偉そうに思ったりしているけれど、他人が共感を求めているだけの場合、基本的にぼくは対応できている自信はない。

 

共有する課題も特になく、「共感」しか生まない「飲み会」は、アルコールに弱い僕にとって苦痛でしかなく、学生の頃は飲み会が嫌で嫌で仕方がなかった。就職してしばらくして、上層部の政治的な話に食い込めるようになってから、仕事仲間との飲み会はしやすくなった。上層部の人との飲み会は「共感」をしているように見えて、「利害関係の整理」だ。酒をまじえて行う会話は、パズルのピースを集めているように思えて、ゲームとしてとらえるとそれなりに楽しかった。

 

もちろん、これはProject-zukaの本性ではない。

 Project-zukaでは、不特定多数とちょっとずつしかしゃべれない飲み会でも,「たのしい」ものであると仮説される。「共感」そのものか、その周辺を楽しめるものと仮説される。

 

 

 

よく考えると、ぼくと長く続いている友人は、結構ぼくと似たような性質を持っていて、自分から飲み会を企画しそうなやつはいないなぁ(人気者はいるけれど、構ってもらうことに成功しているだけにも見える).

 

 

 

よくよくzuka関数で世界を見ていると、飲み会は「たのしい」もののようで、

それ以上でも以下でもない。単純に人と話すのが楽しい。そういうことなんだろう。そいつは素敵?なことにも思えたので、職場のみんなの飲み会的なものを企画してみた。

 

実験結果としては、

 

やっぱり雑談はあまり面白くなかった。

 

 

結論

 -可愛い女の子を近くで見ている/会話できると楽しい

-ご飯が美味しいと楽しい

 

以上。